CD
禅を聴く 無文老師法話集 ── 全6巻 ──
昭和を代表する名僧・山田無文老師が語る、仏法とは、禅的な生き方とは──。
再び聴くことができない、稀代の名僧無文老師の法話の数々。それがCDで現代に蘇りました。
禅宗の公案集(入門書)である無門関(むもんかん)より1遍、碧巌録(へきがんろく)と講演を各2遍収録。昭和40年代の、無文老師の気迫に満ちた貴重な肉声をお聴き下さい。 |
禅を聴く 無文老師法話集 全6巻 収録内容
*第一巻 無門関 提唱 第19則「平常心是道」
「至道無難唯嫌揀択」(しいどうぶなんゆいけんけんじゃく)至極の大道はむつかしいことではない。ありのままでよいのである。南泉和尚(中国唐代の禅僧)がしきりに道ということを説かれるから趙州(じょうしゅう)が南泉に尋ねた。「如何なるか是れ道」道とはいかなるものか、人間の歩く道は、釈尊の説かれた道は──。言葉は簡単だが平常心とは何か。 時間:50分/収録:昭和30年6月 神戸・禅福寺専門道場 *第二巻 講演「総に成仏せしむ」
北京の臨済宗の広済寺で日中合同の大法要が営まれ、その足で古の鎮州(今日の正定)へ。臨済寺の跡を訪ねたが建物はひとつも無かった。これが臨済禅の発祥の地なのか……。日本文化の母体といわれた禅の発祥の地か……。「禅無しとは言わず、ただ是れ師無し」真実の禅文化を育てなければと強く感じた。 時間:43分/収録:昭和41年10月 京都・東福寺 *第三巻 講演「随処に主となる」その一
日本民族を指導してきた精神は、日本の神道と、中国の儒教と、インドの仏教の「神儒仏」の三道であった。神の清明心を父とし、仏陀の慈悲を母とし、儒教の道義を兄とし家庭的な暖かな雰囲気で日本民族を千数百年育ててきたが、大事な教えのすべてをなくしてしまったのではないか。大衆よどこへ行こうと考えているのか──。それが仏教、それが禅ではないか。 時間:48分/収録:昭和46年5月 大阪・関電ホール *第四巻 講演「随処に主となる」その二
刹那刹那を無心で生きていくということが「随処に主となれば立処みな真なり」ということであろう。自分の過去がどんな過去だったかを知ろうと思うならば、現在の自分を見たらわかる。将来どんな結果がでてくるのかを知ろうと思うならば今の努力を見ればわかる。今の自分の中に過去の結果がすべてあり、未来の原因がすべてである。刹那こそ永遠である。この場を力いっぱい生きていくならばどこへ行っても真実を把握することができる。 時間:41分/収録:昭和46年5月 大阪・関電ホール *第五巻 碧巌録 提唱 第6則「雲門日日好日」
済んでしまったことは水に流さねばいけない。「過去心不可得」(かこしんふかとく)あるのは今である。その今を充実して生きていくことが仏法でなければいかん。「現在心不可得、未来心不可得」であるのは現在だけであるが現在も直に過ぎてしまうので、現在にも、過去にも、未来にもとらわれず水の流れのようにカラカラと流れていくのが悟りでなくてはならない。 時間:41分/収録:昭和43年 神戸・祥福寺専門道場 *第六巻 碧巌録 提唱 第32則「定上座問臨済」
ここに登場する定上座は臨済の弟子の中でも有力な弟子である。その定上座が臨済に尋ねた。「如何なるか是れ仏法の大意」と。人間とは誰しも完全な人はいない、欠点だらけである。「勤(ごん)を将て拙(せつ)を補う」(将勤補拙)お互いの人間的に足らんところを補っていかねばならない。これが禅家の家風である。現成公案は目前に見えている現実の世界だ。現成公案がはっきりとわかって悟りを開くことはなかなか難しいものだ。
時間:41分/収録:昭和45年 神戸・祥福寺専門道場 |
山田無文 やまだむもん
昭和時代の臨済宗の僧。河口慧海に師事し、のち臨済宗大学(現花園大学)に学ぶ。天龍寺の雲水を経て昭和24年妙心寺霊雲院住持。
神戸祥福寺専門道場師家、禅文化研究所所長を勤める。花園大学学長。53年妙心寺派管長。平易な説法で知られ、戦没者慰霊などにも尽力。昭和63年12月遷化。88歳。
著書に「無文老師墨跡集成」「無文全集」(全16巻)など多数。明治以降では稀代の名僧と言われている。