── 東京精華硯譜 ──
中國硯大全Ⅲ　宋代硯と太史硯

生きとし生けるものと共存し、一木一草にも命ありと大自然を大切にした、優しい農耕民族の伝統の中で、東洋の文人文化は存在するものと思われます。
北宋の文人蘇舜欽の「明窓浄机　筆硯神墨みな精良を極むれば、また自ずから是人生の一楽なり」は一般に知られていると思います。 文人は書斎（文房）を魂の城として、生活の基盤を書斎に定めて、使用される硯、墨等に強い関心と愛着を示したのです。書斎で愛用された文房四寶（至寶）の中で、中心的な役割を担ったのが古硯です。
古硯とは申し上げるまでもなく、磨墨に使用された道具であり、人の術によって造られた、美術品あるいは芸術品等の装飾品とは一線を描しています。
この度ご紹介させていただきます宋代硯（960～1280年）は、洗練された高い美意識をもつ人によって製作されたものと考えられます。力強さと繊細優美さを兼ね備える宋代硯には、時代の文化の高さと、天下の静謐を引き寄せる力があると思われます。
宋代の絵画は神品といわれていますが、宋代硯は神品を生み出す原動力となり、本来の道具としての役割を果たすと同時に、自らが神品に近づいたのではないでしょうか。また、精神の緊張と格の高い構築の美を示す宋代硯には、墨を磨る用を超越した文人の象徴、「無用の用」として存在するものと思います。
蘇軾（東坡）、米芾（元章）は宋代硯に敬意を払い、敬う等数多くの逸話も伝えられています。硯歳一千年にも及ぶ宋代硯との出合いには、強烈な衝撃を受け、終生古硯の世界から抜け出せぬ原因ともなっているのです。
東洋文化の典拠を示し、高い精神性にまで到達した宋代硯の素晴らしさを心腑に染めてまいりました。この度は宋代硯と掌硯、そして古硯の中で最も美しい太史硯の各種を登載いたしまして、ここに東京精華硯譜「中國硯大全」シリーズ第三巻を発刊いたします。
　～ ＜はじめに＞より ～