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BOOK 今川のおんな家長 寿桂尼


今川のおんな家長 寿桂尼|学習と教育を支援する通販会社-YTT Net

 商品NO:BSH-542
 四六判/296頁/発行:2021.2

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今川のおんな家長 寿桂尼 内容詳細



今川氏親の妻・寿桂尼が発給した文書の分析から、戦国大名今川家の当主代行として、また「家」妻として果たした役割とその性格を追究し、「おんな家長」としてのあり方を探る。
   著者:黒田基樹

寿桂尼 じゅけいに ?~1568年
戦国大名今川氏親の正室。今川氏輝・義元の母。京都公家中御門宣胤(なかみかどのぶたね)の娘。1526年(大永6)氏親が没すると幼少の氏輝の代行および後見として尽力。1536年(天文5)、氏輝の没後生じた家督争い(花倉の乱)では、太源崇孚(雪斎)とともに実子義元につき、義元の異母兄の玄広恵探(良真)を倒した。寿桂尼は氏親没後以降、自ら「帰」という印文のある印判を用い、領国支配に関する文書を30点近く発給しているが、これは戦国女性としては異例であり、大方(おおかた)殿、尼御台(あまみだい)とよばれ、今川氏のなかにあってその政治的立場は重要であった。しかし桶狭間の戦い以降、今川氏が衰退するなかで永禄11年に没した。
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