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BOOK ガラシャ つくられた「戦国のヒロイン」像


ガラシャ|学習と教育を支援する通販会社-YTT Net

 商品NO:BSH-545
 四六判/324頁/発行:2021.10

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ガラシャ つくられた「戦国のヒロイン」像 内容詳細



明智光秀の娘として生まれ、細川忠興に嫁ぎ、関ヶ原合戦直前に命を投げ出したガラシャ。
その生涯と死後に広まったイメージを、史実を積み重ねた客観的な検証によって解き明かす。
   著者:山田貴司

細川 ガラシャ 伽羅奢、迦羅奢、Gracia/明智玉・珠(子) 永禄6年(1563年)~慶長5年7月17日(1600年8月25日)
戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。明智光秀の三女で細川忠興の正室。諱は「たま」(玉/珠)または玉子。法名は秀林院。キリスト教徒。子に、於長(おちょう:前野景定正室)、忠隆、興秋、忠利、多羅(たら:稲葉一通室)などがいる。
慶長5(1600)年7月16日(8月24日)、忠興は徳川家康に従い、上杉征伐に出陣する。忠興は屋敷を離れる際は「もし自分の不在の折、妻の名誉に危険が生じたならば、日本の習慣に従ってまず妻を殺し、全員切腹して、わが妻とともに死ぬように」と屋敷を守る家臣たちに命じていた。 石田三成は大坂玉造の細川屋敷にいたガラシャを人質に取ろうとしたが、ガラシャはそれを拒絶、三成が実力行使に出て兵に屋敷を囲ませた。 家臣たちがガラシャに全てを伝えると、ガラシャは少し祈った後、屋敷内の侍女・婦人を全員集め「わが夫が命じている通り自分だけが死にたい」と言い、彼女たちを外へ出した。翌日、自殺はキリスト教で禁じられているため、家老の小笠原秀清(少斎)がガラシャを介錯し、ガラシャの遺体が残らぬように屋敷に爆薬を仕掛け火を点けて自刃した。石田方はガラシャの死の壮絶さに驚き、諸大名の妻子を人質に取る作戦はむやみに拡大しなかった。
『細川家記』によると、辞世の句として「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ 」と記している。
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